1. 有能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。
理由は主に二通りあり、1つは、怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。そして、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。
2. 有能な働き者。これは参謀に向いている。
理由は勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方が良いからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。
3. 無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
理由は自ら考え動こうとしないので、参謀や上官の命令どおりに動くためである。
4. 無能な働き者。これは処刑するしかない。
理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、更なる間違いを引き起こすため。
私は幼いころ、さんざん母の意向に背いては殴られたが、私は「テロには屈しない」とばかりに適当にやりすごしつつ、「殴っても無駄だということを学んでくれないかな」と期待していた。もちろん母は学ばなかったし、また私のほうも、母の意向に従うことを学ばなかった。
狂気:同じことを何度も何度も繰り返して、違う結果を期待すること。
母のフレームには、「殴るという手段は無効かもしれない」という問題は入っていなかった。人間がフレーム問題を解決していないことの例証だ。
かくして私は、「人は学ばない」ということを学んだかもしれないが、はたしてどの程度学んだのかは怪しい。状況によっては頭から消える(まさにフレーム問題!)可能性はきわめて高い。まさしく「人は学ばない」のだ。
人を教える立場の人間も、やはり学ばない。アホな指導をすれば人が死ぬということを学ばない。人は学ぶ動物ではなく、信仰する動物である。人は「シゴキ」や「根性」や「精神」や「体罰」を信仰し、その効果を「実感」する。信仰であるからには検証を受け付けない。
信仰がすべて間違っているとは思わない。物理的限界に縛られた存在にはフレーム問題は解決できないので、なにも信仰しない人間はただ座り込んでいることしかできない。しかし信仰にもよしあしがある。自分では学ばない人間が、他人に学べと要求して暴力を振るう光景は、残酷を通り越して笑うしかない。
かく言う私も、信仰しているのだろう。検討すべき副次的な問題は事実上無限にあるはずなのに、現にこうして行動しているからには、ほとんどの問題を無視しているはずであり、無視した問題については母と同じように、同じことを何度も何度も繰り返して、何一つ学ばないはずだ。
Logic!
Thank you to Bob for sending this in. Now let’s see you creative kids get to work with some of these!
Oh this is what we’re learning in CPE right now!
(via intrgb)
新種のフルーツ『おひとついかが?』 - 写真共有サービス 「写真部」
なんだか誇らしげ。
おっきい画像は元サイトさんにて。壁紙にもしてくれます。
(via wild-rabbit-resistance)